いぬについて その一

子どもの頃犬いぬに咬まれたことがある。
近所に住む年上の遊び相手に連れていかれた。
人気のなさそうな古い
アパートのつきあたりにつながれていた。
ブルドックだった。
まだ二歳かそこらだったので こわさもかんじなかった。
でも覚えているのはそこまでで
気がつくと手が真っ赤だった。
てのひらの皮がぜんぶ剥ぎとられていて赤い肉が見えていた。驚きと痛さと恐怖で私はその場から動けず
あらん限りの声で泣き叫んだ。
一緒にいた子が呼びにいったらしく
下から父が私のことを
よんでいる。
でも靴が片方犬のあしもとにあった。
靴をとってこなければ帰れない。
実はその後のことも覚えていないのだ。
あまりに幼かったので
きっと一番衝撃を受けたところだけ記憶に残っているのだろう。
おそらくその後父が私のところに上がってきて
靴も犬からとりかえしてくれたのだろう。
もちろんその後だいぶ長いこと
犬は恐怖の対象でしかなかった。
しかし人は変わるものである。
成長するものである。
明日へつづく